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自分の夢

夢、私はよくリアルな夢を見たりします。
夢と言っても心地良い夢と魘されるような夢がありますが、私は後者を見る方が多いです。
私はよく「空襲」の夢を見ます。
炎の中を必死に逃げ回っていたり、目の前で多くの人が焼死してゆく夢を見たりします。
B29の爆音も聴こえます。
そして夢は焼夷弾が私の頭の上に落ちてくるところで終わります。
そこで「はっ!」と目が覚めるのです。
起きるとかなり頭が痛くなっています。
相当魘されるのでしょうか。

何故か私は小学生の頃からそういった夢をよく見てきました。
戦争の漫画とか話の読み過ぎじゃないかと家族に言われた事もありますが、そうとも思えません。
空襲などの話を体験者から聴いたり、体験談を本で読んだりすると身に迫ってくるような恐ろしさ、自分も経験したかのような恐ろしさを感じるのです。
私の前世は空襲で亡くなった人ではないかと思うくらいです…。
当時の写真やフィルムを見ると記憶を呼び起されるようなものも感じます。
実に不思議です。
前世は空襲で亡くなった人なのでしょうか…。
もっともそういう夢を見るときは、悩んでいたり、疲れていたりする時が多いです。

で、心地良い夢なんですが、何故かよく登場するのが水木一郎さんと堀江美都子さん。
またこの間はささきいさおさんと堀江美都子さんと同じテーブルで食事をしている夢を見ました。
こういう夢はおそらく「会いたい!」という願望の表れなんでしょうね。
ミッチ(堀江さんのニックネーム)は今年40周年記念コンサートを行うようですが、行きたくても行けません。
ミッチのウェブを見るたびに「行きたい!」と思っちゃいます。
ささきさんは来年が50周年ですから、何らかのコンサートは行うでしょう。
そっちには行きたいですね。
夢から話がそれてしまいましたが、私はよくささきさんや水木さん、ミッチの写真をネットから拾って印刷したのをよく眺めているので、そのせいでよく出てくるのかもしれません。
堀江さんはもう50を越してしまいましたが、声が非常に若々しいので未だに私の中では「アイドル」だったりします。
周りにこの事話すと「熟女マニアだな」と言われるのですが、今のアイドルに魅力的な人いないしなぁ…。

夢を見る、という事はよく眠れていない証拠なのだそうです。
だから最近はよく眠れるように往復2.5キロぐらいをジョギングしています。
これをやると結構眠れますし、肺活量も上がってカラオケで高得点が出せるようになり、歌い方も磨かれる(?)ので、一石二鳥です。
今週は期末試験で勉強の合間に走っていますが、試験が終わった後のカラオケのためにも、健康を維持するためにも走りたいものです。

結局オチは「夢」とは全然関係のないものとなってしまいました。
どうも失礼しました。
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想像力

   ダブルライダー
皆さん、子どもの頃は「ごっこ遊び」なんかしましたよね。
「ごっこ」という響きは幼稚に聴こえますけど、子どもたちにとっては大事だと思うんです。
私自身「ごっこ遊び」が大好きでした、いや今でも好きです。
私には親戚に小学4年ぐらいの従兄弟がいて、親戚の家に行く度に「戦いごっこ」をやります。
私は怪人をやったり、ライダーの役をやったりすることがあるのですが、遊びをより楽しくしてくれるのが「想像力」なんです。
「ごっこ」には高いライダーベルトは必要ありません。
必要なのは「想像力」です。
どういうことかと言うと、「ごっこ」を始める前に私は「へんしん!!」と言って1号とか2号の変身ポーズをして、「想像力」で変身したつもりになるのです。
例えば、変身ポーズが完了、ジャンブした時、私の中では「自分の中の変身ベルトが作動し、ベルトが回って変身した」という想像をします(頭の中では実際のライダーの変身シーンが再生されている訳ですけど)。
そして身も心もライダーになった気持ちになります。
想像力、即ち自分が仮面ライダーに変身出来るんだ、ウルトラマンになれるんだ、という想像さえ出来れば、高い玩具も何も要らない訳です。
頭の中で「自分はこうなっている」と、自分で自分を作り変えてしまう(?)んですよね。

今の時代、想像力があまり養われない時代にはなってきてはいないでしょうか…。
現在の戦隊ものとかライダーを見てて思うのですが、必殺技にあんなにCGを使っていたら想像力の働く余裕などありませんよね。
ライダーに至ってはCGを使ってほとんど1カットで見せてしまいます(必殺技発動?CGでキック?すぐに爆発)。

私が何で昭和ライダーの方が好きか、というと理由の一つにアクションの素晴らしさ、そして想像力を刺激されるような映像がある、というのがあるのです。
例えばライダーキック。
当時はCGも何もありませんから、カット繋ぎで上手く見せるしかありません。
まず、ライダーキックは地上にいるライダーのカットから始まります。
どういうカットで構成されているかというと
?地上にいるライダーがジャンプするカット
?トランポリンでライダーがジャンプしたカット
?トランポリンでライダーが空中回転するカット(話によっては反転ジャンプをするカットも加わります)
?ライダーが怪人に向かってキックするカット
?怪人にキックが命中するカット
と、単純に見えて意外とかなり工夫して「ライダーキック」を作っているのです。
ここで見ている私は想像力を刺激されるんです。
カットの繋ぎがあまりに巧みなので、自分の頭の中で「流れ」を作り、動きを作ってしまうのです。

今の世の中、こういう「想像力」が必要とされる場面はあまり無いかもしれません。
「いい加減そんな想像力なんか捨てて大人になれ」という人もいるかもしれません。
しかし、想像力というのは自分の「考える力」を作ってくれる気がします。
また、「想像力」というのは、映像を作るだけのものではありません。
情景なんかも思い浮かべさせられる力でもあります。
落語はまさにそうです。
私は落語も好きで、前は随分とよく観に行ったものですが、あれは想像力が無いと見られません。
話し手の話し声だけで情景を想像し、「流れ」を自分の中で作られなければいけないのですから。
今の多くの子どもたちや若い人(私も若い人ですが)は、落語とかはあまり聴かない、聴く機会がないようですが、ああいうのは想像力を養うのには格好の素材です。
昔の子どもたち、ラジオなんかで落語をごく普通に聴いていた世代は「想像力」があったのではないかと思いますが…。

CGでドカーンとライダーキックを決められても、結局のところ想像力の働く余地も無いし、映像を「作る」力も発動(?)しません。
今はそういうニーズで、CGで格好良い映像を求める人が多数だから、またその方が手間が掛からないから良いのでしょうけど、その分「自分で考える力」「想像力」が失われている気もしなくはないです。
そして後には何も残らないスカスカな映像にはなってはいないかと…。
CGはCGで素晴らしい映像を作れるのは事実ですが、今のライダーとか戦隊は頼りっきりになっている気がします。
想像力を刺激されるようなトランポリンのジャンプのカットを繋いだ映像ととCGの映像が上手く組み合わされれば、もっと素晴らしい映像が出来ると思いますが、どうでしょうか。
私は基本的にCG慣れしていないので、こういう感想を持っちゃうのかなぁ…。
別にCGが嫌いという訳ではないのですが…。

さて今回は前にもアップしたダブルライダー。
マスクの色をやや濃くし、コンバーターラングに補正をしました。
こう絵を描くときも、パソコンの補正に頼り切っているとダメです。
元の絵にちゃんと色を塗っていないと自然な色にならず、気持ち悪い色になります。
アナログとデジタルの使い分けも、上手くいけば良いのになぁ、と思います。

今度は2号がポーズをびっちり決めている絵を描ければ、と考えています。

趣味の偏り?

私は時々親戚とか知人とかから「趣味が偏ってるよ」なんて言われることがあります。
ではまず音楽で考えてみます。
私の好きな音楽、一体どういうものがあるでしょうか。
ちょっと整理して考えてみようと思います。

?伊福部昭先生作曲の演奏会用の純音楽、映画音楽
?菊池俊輔先生作曲のヒーローソング、アニメソング、そして菊池先生が作られたTV「映画」(アニメ、特撮問わず)音楽
?1960年代から80年代初頭にかけてのアニメ、ヒーローソング
?山本正之先生の歌(先生のオリジナルアルバムの曲も含む)
?クレイジーキャッツの歌

こうジャンル分けしてみましたが、うーん偏ってますよねぇ(笑)
偏ってるからこそ「趣味」と言えるのかもしれませんが。
私の親戚曰く、多くの人は一つのものに拘らないで色んな音楽を聴くんだ、と言っていたのですが、どうなんでしょうか。
私は学校であまり人と話さないので、やや閉鎖的な人間になっているような感じがします。
他の人がどうなのか、で自分の趣味をどうこう言うのも変かもしれませんが、ちょっと気になる部分もあったりします。
ただ一つ言えることは、私が聴いている大体の音楽は「マニアック」とか「古臭い」「幼稚」とされてしまっている事です。
多くの人の伊福部先生の認識はせいぜい「ゴジラの音楽の人だろ」という程度ですし、アニメソングやヒーローソングも、その世代の人からは「懐かしい」とは思われても真剣に聴くものとは思われていないようです(被害妄想だと良いんですけどね)。
学校での「オタク」な方々(最近のアニメの方傾倒している方の「オタク」です)に、カラオケで「タイガーマスクとか歌うんだ」なんて言うと、「古いなー」なんて言われてしまいます。
そんなの言われるのが嫌なら隠すか人に合わせるかにしなさいなんてお叱りを受けそうですが、私は好きなものは「好き」と言ってしまう、興味の無い音楽は聴きたくない、という困ったちゃんなので無理なんですよね(笑)

今、音楽を掛けながらこの文章を書いている訳ですけど、大体聴く音楽は決まっていたりします。
音楽を聴きながら一緒に歌ったり、劇中の台詞を叫んだり、踊ったりすることもあります。
「偏り」があるのは事実かもしれませんけど、1曲1曲に対する思い入れとか、愛着はちゃんとあるつもりです。
それこそ1曲1曲聴く音楽の作曲者は誰だ、作詞者は誰だと覚えているくらいです(作曲者は大体覚えています)。
また、「何回聴いても飽きない曲」は自分の中にいくらでもあります。
?であれば「シンフォニア・タプカーラ」「怪獣大戦争マーチ」「アメノウズメの舞(『わんぱく王子の大蛇退治』より)」etc…。
?であれば「タイガーマスク」「レッツゴー!!ライダーキック」「戦え!仮面ライダーV3」「バビル2世」「たたかえ!キャシャーン」etc…。
?であれば「ひみつのアッコちゃん」「ガッチャマンの歌」「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「花の子ルンルン」「地獄のズバット(快傑ズバットの主題歌)」etc…。
?であればオリジナルアルバムの曲で「戦国武将のララバイ」「少年の夢は生きている」、アニメソングであればタイムボカンシリーズの主題歌は全て…。
?だったら「スーダラ節」「五万節」「学生節」「だまって俺についてこい」「ハイそれまでヨ」etc…。

「偏り」は強い分、1曲1曲に対する思い入れは人一倍(?)強いつもりです。
「多くの人は一つのものに拘らないで色んな音楽を聴くんだ」、ということは多くの人は「愛着のある曲」を追い求めていない、ということになり、ちょっと変な事になります。
要はそれこそ音楽1曲1曲を真剣に聴いていない、という事になっちゃうんです。
世の中そんな人ばっかりな訳はない筈で、でなければ歌手のライブも演奏会も成り立たない筈です。
結局の所、何だかんだ言って皆聴いている音楽のジャンルに偏りはあるんじゃないか、と思います。
ただそのジャンルが好きな人が多数か、少数か、だけの話だけではないでしょうか。
しかし、多数の聴いている音楽が後世に残るか、100年200年残るか、聴いている人たちは死ぬまで聴いてるんだろうか、と思うとそうとも思えない…(中にはそういう人もいるでしょう)。

しかしどうやったら「趣味が偏らない」「聴いている音楽のジャンルが偏っていない」ことになるのでしょうか。
●ステを毎週見なさいということになるのでしょうか(極端過ぎか?)
それとも流行の音楽は知っているべし、という事になるのでしょうか。
でも、流行を追いかけるのは考えによっては寂しいことにはなりませんか?
要は「自分はこれが好き!」と愛着の持っているものがないことになり、マスコミにただ踊らされるだけ…、という見方も出来てしまうのです。

何だか何が何だか分からない文章になってしまいましたが、結局の所何が「偏りのない趣味」なんでしょうか…。
私は十分多趣味(多趣味だから良いという訳でもありません)のつもりで、色んなものを見たり、聴いているつもりなんですが…。

ややご覧になられている皆様を変な気分にさせそうな文にしてしまい、すんません。
ただここ最近気持ちが鬱状態(?)になることが多いので、こういう文も書くこともあります。
私は別にオタクだからこうなった訳でもなく、奇人変人だからこうなった訳でもなく、ただ自分の興味のあるものを追い求めて来ただけなんですが、奇異に見える人もいるのでしょうか。
昔から私は「普通じゃない」「変だ」なんて言われてきたのですが、そんな私がいつも突き当たる問題が「普通って一体何?」「どうだったら変じゃないの?」というものなのです。
結局期待する回答は「変でも何でもないよ」「偏ってなんかいないよ」というものになってしまうのですがorz。

大変な拙文で失礼しました。

私の三大ヒーロー、仮面ライダー・ゴジラ・キャシャーン

仮面ライダー旧1号
私は独りで戦うヒーローが大好きです。
仮面ライダー、ゴジラ、キャシャーン…。
何故なんでしょう。
これは、私が集団が苦手だからなのではないかと思っています。
私は幼少時から「皆で遊ぶ」のがちょっと苦手で、ちょっとした恐怖感も抱いていたのです。
ひどい時には、集団が私に向かって苛めてくるのではないかと思ったものです。
そんな私の前に現れたのが、再放送での「仮面ライダー」でした。
仮面ライダーは「独り」です。
独りでショッカーという「集団」相手に闘わなくてはなりません。
普通だったら負けるだと思うでしょう。
しかし仮面ライダーは華麗なジャンプで攻撃をかわし、パンチやキックで恐ろしいショッカー戦闘員たちを蹴散らしてしまうのです。
今でこそ「ショッカー戦闘員」は弄られキャラとなっていますが、奇声と共に襲いかかってくる覆面集団(最初は覆面ではありませんでしたが)は、当時の私にとっては怖かったものでした。
たった独りでショッカーという「大集団」に立ち向かう仮面ライダー。
集団が苦手だった私としては、「独り」が「集団」と対等に立ち回っている姿は心強かったものです。
そして仮面ライダーは、後で2号も登場しました。
2号ライダーもまた、「孤独」な改造人間であり、また独りでショッカー軍団を相手に闘える心強い存在でした。
その2人、1号と2号、たった独りでも集団相手に立ち回れる存在が集結するとき、私は非常に心強く思ったものです。
本当は集団というのは、「独り」の集まりなんですけどね。
また、仮面ライダーというのは「改造人間」というのも大きなポイントでした。
「人間なのに人間じゃない存在」なのです。
その不思議さもたまりませんでした。

独りと言えば、ゴジラも「孤独な」ヒーローです。
私にとっては初代ゴジラですら「ヒーロー」です。
私にとってのヒーローというのは、「喝采・応援を送りたくなる存在」です。
ゴジラは、集団どころか「社会」、いや人類という種族そのものと対等、いやそれ以上の存在です。
ゴジラはたった独りで社会を混乱させてしまいます。
ゴジラが出ただけで人間たちは大騒ぎ。
私にとってはそれが非常に心地良いものでした。
ギスギスした社会や都市を吹っ飛ばして破壊してくれる「ゴジラ」。
最もゴジラは壊すつもり、悪意があって社会を混乱させたり都市を破壊している訳ではありませんけど。

そしてキャシャーン。
キャシャーンは今年出会ったヒーローです。
キャシャーンを見た時、私は仮面ライダーを見た時と同じ感動を覚えました。
これは音楽が「仮面ライダー」と同じ菊池俊輔先生が担当していた、という事もありますが。
キャシャーンもまた「孤独」です。
キャシャーンに至っては仮面ライダーの様に事情を知っている、「立花のおやっさん」や「滝和也」の様な存在はいません。
せいぜいルナぐらいです。
キャシャーンは強大な力を持ち、強大な軍団を持つアンドロ軍団を相手に、たった「独り」で戦わねばなりません。
強大な軍団に独りで戦う、という所、人間にして人間でないという「新造人間」である、という部分は、仮面ライダーと似通った部分がありますね。
ですが、キャシャーンは仮面ライダーと違って迫害されたりします。
「お前はロボットだ!人間じゃない!」と…。
守るべき筈の人間からも迫害されるのです。
それでも戦うキャシャーンは、悲しくもあり、格好良くもあり、心強くもあります。

こう考えると、私は今でも集団が苦手、嫌い、という部分があるのかな、と思います。
その恐怖は学校で特に感じたりします。
また都会を歩いている時だったり、電車に乗っている時だったり(鉄道が好きなのに)。
学校に来ている人たちも、都会を歩く人たちも、電車に乗っている人たちも、皆それぞれ「孤独」なんですけどね。
本当なら他人を「集団」という単位ではなく、「個人」として、「独り」の存在として見られれば良いのですが、なかなか上手くいきません。

そもそも人間を「集団」という単位で見る、という見方が戦争や民族紛争、苛めなどを引き起こしているのではないかと思ったりもします。
集団の中にも色々な「個人」が居る。
それなのに、それを無視して、一括りにして、「あいつらは悪い奴だ」と、思うのが全ての元凶ではないかと思います。
また、「集団に対する過剰な帰属意識」も元凶ではないかと思ったり…。
「俺はこういう考えの集団にいる。だから違う考えの奴らは敵だ」と。
ちょっと極端ですけど、集団への帰属意識が強すぎるとこうなってしまいます。
最も私のように集団への恐怖感が強すぎるのも問題ですが…。
何が言いたいかと言いますと、集団というのにも色々な人がおり、それぞれが「孤独」な存在であると…。
そして、最高の集団の形は、集団に所属せずとも、独りで出来る事がある人が集まったものじゃないかな、と思います。
それぞれ自分の得意な事があり、「集団」という物を意識しなくてもやっていける。
また、自分は自分であるし、他人は他人である、と分かっている。
そんな、それこそ仮面ライダーやゴジラ、キャシャーンの様な「独り」が集まった「集団」が多かったら、苛めなんかは根絶、とまではいかなくても減らせるのではないかと思います。

こう考えると、私の中では仮面ライダーもゴジラもキャシャーンも色々な事を考えさせてくれる材料になっています。
やっぱり真剣になって作られたものだからなんでしょうね。
私が好きなアニメやヒーロー物は、「子ども向け」ではあっても、「子ども騙し」ではないという自負を勝手に持っています(笑)。
「子ども向け」なものは大人になって見ると、「大人の視点」なんかが入って更に面白くなりますから。
「子ども騙し」だと、大人になると白けてしまう場合が多いです。

さて上の絵は仮面ライダー旧1号。
前回も挑戦してみましたが、桜島1号になってしまいました。
今回は上手くいったかな、と思っています。
旧1号を描くときには、クラッシャーの形に特に注意します。
後、あの独特の色を出すのが、新1号以上に難しいですね。

「リアルタイム」で接したものより昔のものの方が良い私

このブログの皆様は、ある事にお気づきでしょうか。
私が高い評価を下している映画やアニメ、音楽などは、私の世代のものではないのです。
つまり、私が大好きなものは、親が子どもだったころに流行っていたものであり、私がリアルタイムでブームを体験したものではないのです。

特撮ファンという観点から見てもそうです。
私はリアルタイムで接したゴジラシリーズ(「ミレニアム」以降)よりも、本多・円谷コンビの頃のゴジラの方に思い入れを持っていますし、リアルタイムで見たゴジラには、懐かしさを感じても、「幼き頃の感動を思い出す」ということは無いのです。
ガメラにしろ、私はリアルタイムで見た金子監督の「ガメラ3」よりも、湯浅監督の「ガメラ対ギャオス」の方がよっぽど面白いと思っています。

仮面ライダーシリーズについては、前にも書きましたが、リアルタイムで見た「クウガ」「アギト」「龍騎」よりも、初代仮面ライダーや、「V3」などの方が面白いと思っています。

アニメについても、リアルタイムで見たものよりも、親が見ていたようなアニメの方に興味が向くようになって来ています。
「タイムボカンシリーズ」「新造人間キャシャーン」なんかはまさにそうです。
アニメソングについても、リアルタイムで接した「めざせポケモンマスター」などよりは、「ガッチャマンの歌」とか「マジンガーZ」、「たたかえ!キャシャーン」「バビル2世」など、親が子供のころに接していたようなものの方に魅力を感じます。

私は最近の流行りものはめっぽう受け付けられません。
テレビで人気らしい歌を聴いても「どういう歌詞なんだこのやろー!」と頭が痛くなってしまいますし、昨今「アニメオタク」(私も「アニメオタク」かもしれませんが)の間で人気の、所謂「萌えアニメ」なんかはめっぽうダメです。
むしろ周りが「古臭いよ!」と思う歌の方が好きです(クレイジーキャッツとか)。

ちょっと変な若者だ、爺臭い、親父臭い若者だ、と思われる方もおられるかもしれません。
でも、実際はそうではないのです。
私の好みがこうなったのは、単純に自分の好きなもの、関心の向くものを純粋に追い求めて行った結果であって、特別私が特殊な嗜好性とか感性を持っている訳ではないんです。

だからこそ私は声を大にして言います。
私の様な若僧を感動させた円谷英二監督は、現代にも通じるセンスを持っていた演出家であると、昭和の仮面ライダーシリーズだって面白いのだと、昔のアニメだって若者が感動するぐらい面白いものが沢山あるのだと、昔の音楽でだって若者を感動させられるものがあるのだと!

単なる懐古で感動しているのではないのです。
私が好んでいる昔のものは、現代にも通じるセンスを持っているものがある筈なのです。
だからこそ、私はリアルタイムで見ていなくても感動したのであり、今の好みに落ち着いた訳です。
私の様な若い人はもっと沢山いる筈です。
現実、その様な方がこのブログにコメントをしてくださいました。
だから、私はそんな若い人に向けて叫びたいです。
「古いものが好きなあなたは特殊だとか変という訳ではありません。あなたの様な若者までもを感動させている昔のものが凄いのです!それに魅かれるのは当然です!」と(やり過ぎると押し付けになっちゃいますが)。

何だかよく分からない拙文で失礼しました。
プロフィール

ゾンデ5号

Author:ゾンデ5号
鉄道、特撮、アニメ、落語、その他もろもろ色々なものが好きな高校生のブログです。
色々な方面のネタを書きます。
特撮と言っても怪獣映画から戦記映画、SF、時代劇、ウルトラシリーズ、仮面ライダーシリーズ、アニメではタイムボカンシリーズ、新造人間キャシャーン、銀河鉄道999が好きです。
好きな俳優は主に東宝の俳優の方が多いです。
声優では故・富山敬さん、岡本茉利さんなどを贔屓しています。
鉄道では乗ること、撮ることが好きです。
好きな車両は583系、485系、455系、東北新幹線200系、E2系、ED75型機関車などが好きです。

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